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第11話:雪村筆洗いの池

雪村筆洗いの池常陸大宮市下村田に「雪村筆洗いの池」と伝えられる泉があります。室町時代雪村は、この地の坪井というところに住んで いたので、坪井雪村と称したと言い伝えられてきました。雪村は,水墨画を大成した雪舟の画法を学び、雪舟を超えるといわれる多くの名画をのこしました。その絵筆を洗ったのが,この筆洗いの池だといわれています。 雪村がどこで生まれたか、史実の上では明らかではありませんが,佐竹氏の一族として誕生したとみられています。雪村が天文11年(1542)に自ら書いた画論『説門弟資』に「常州辺垂寓住」と記していますから、辺垂(常陸大宮市)に住んだことは確かであり、常州辺垂村田郷(いまの下村田)で生まれたとする説が有力です。雪村は臨済宗の僧として、太田の正宗寺(いまの常陸太田市増井町にある)でも修行しました。その後、会津(いまの福島県)の芦名氏や、小田原(いまの小田原市)の北条氏などの戦国大名たちに招かれて画業に励みました。再び会津の芦名氏のもとに行き、最後に三春(いまの福島県田村郡三春町付近)の庵で亡くなったと伝えられています。その間、雪村は自由奔放な筆づかいで多くの名画をのこし、水墨画だけでなく、日本画壇全体に大きな影響を与えました。気迫にあふれ、独創的な画風で、水墨画を真に日本的なものとし、現在、世界的に著名になっています。常陸大宮市はこうした優れた人物を生んだのです。なお、雪村庵と雪村の墓と伝えられる地は、現在、福島県郡山市に入っています。

 

問い合わせ先:常陸大宮市役所文化スポーツ課

TEL:0295-52-1111

  • 【ID】P-2873
  • 【更新日】2019年5月7日
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